浦野繁吉(六代 尾形乾山)(うらの しげきち、1851年〜1923年)氏は、明治から大正時代に東京で活躍した陶芸家です。浦野乾哉とも名乗り、幕末の陶工・三浦乾也氏に陶法を学んだ後、尾形乾山の系譜を受け継ぐ尾形白圭氏の養子となり、六代尾形乾山の名跡を継ぎました。
乾山流の陶法を伝える一方、東京・入谷で制作と指導を行い、のちに日本近代陶芸を代表する富本憲吉氏や、英国人陶芸家バーナード・リーチ氏へ作陶を教えました。江戸時代の乾山陶法を近代へつなぎ、さらに日本から海外へと伝える橋渡しをした人物として重要な位置を占めています。